住宅市場の構造問題
空き家問題が戸建てのみならず分譲マンションにも波及しつつある現在、将来に向けた住宅市場の再構築が急務となっている。現在の空き家問題の源流は、高度成長期以降の住宅の大量供給に求められる。量の確保優先でまちが広げられ、質は後まわしにされた。しかしその後、人口減少時代に入ると、立地条件が悪いなどで需要のないものから空き家になった。都市部でも新陳代謝が進まないエリアでは空き家が目立つようになった。
空き家所有者が管理責任を果たさない状況が増える中、2015年施行の空き家対策特措法によって、特定空き家という状態の極めて悪い空き家の所有者に対しプレッシャーを与える仕組みが設けられた。そこで露呈したことは、所有者が責任を果たさないと代執行という形で行政が肩代わりせざるを得ず、場合によってはその費用が回収できずに納税者負担に転じてしまうことだった。分譲マンションの代執行の事例も出現し、戸建てと比べ費用が巨額となって問題がより深刻なことも知られるようになった(例えば50戸の場合、図の平均想定解体費を乗じると1億円超となる)。なお、代執行に至る前の段階で自主的解体を促すため、行政が解体費補助を行う場合も納税者負担になることには変わりがない。
日本の住宅は空き家の大量発生に象徴されるように、次世代には引き継がれずに放置された挙句、行政が後始末をしなければならない状況に陥っている。一方、このような住宅市場とは逆に、空き家の発生しにくい市場も考えることができる。まず、居住するエリアはいたずらに広げず、都市計画上の線引きを厳しくする。そしてその中で長持ちする住宅を建てて多世代にわたって活用し、そのエリアに住む場合、普通買うのは中古という状態にしていく。このようなまちでは、原理的に空き家が発生しにくくなる。新築が行われるのは、既存のストックを使い尽くして建て替えられる時になる。
これとの対比で考えれば、日本の住宅市場は正反対であったことがわかる。まちを広げ、供給される住宅は長持ちするものではなかった。そうした状態では消費者は中古を好まず、需要は新たに開発された宅地での新築に向かった。
しかし現在のまちづくり及び住宅政策においては、空き家の発生しにくい市場に変えようという努力はなされている。コンパクトシティ政策(立地適正化計画)により居住地として残すエリアを絞り込み、長期優良住宅の建築を優遇して住宅の長寿命化を図り、さらに中古住宅を適正評価する仕組みなども考えられている。ただ問題は、これらの施策は一体として行われているものではなく、まちづくり全体の中で望ましい住宅市場を形成する取り組みにはなっていないことである。
住宅所有者への費用負担の徹底
以上は都市計画的手法を中心として、空き家の発生しにくい構造にしようとするものであるが、これに対し、空き家がもたらす外部不経済(周囲に与える悪影響)を内部化する(住宅所有者に適切な費用負担を課す)という対処方法もあり得る。空き家の状態が悪くなり、特定空き家の定義にあるように、倒壊等著しく危険となる恐れ、著しく衛生上有害となる恐れ、著しく景観を損なっている状態などになった時に、最終的に必要になるのは解体である。現在の問題は、所有者がこの責任を果たさないために、所有者が負担すべき費用を納税者全体で負担する状況になっているという点にある。
納税者全体の負担になる状態を解消するためには、住宅所有する人に対し、戸建て、分譲マンションを問わず、建築時に将来必要になる解体費用を供託したり、積み立てていったりすることを義務化する方法が考えられる。もっとも住宅所有者は、このような負担を当初負ったとしても、土地を売却できるとすれば解体費用を回収できる可能性が出てくる。つまり、土地の売却価格が解体費用以上になれば、解体費用は回収できる。
このことを消費者が厳しく受け止めれば、住宅を所有する場合、将来的に土地としての価値が残りその価値が解体費用以上の土地が望ましいということになる。そうしたエリアはコンパクトシティ政策における居住誘導区域に近いものが想定できるかもしれない。そう考えると、解体費用確保の義務づけは、まちを広げないという都市計画的手法と似た帰結をもたらす。
ただし、消費者が解体費用は回収できなくてもいいと考える場合は、価値が残るエリア外の住宅所有を妨げることはできない。しかし、そのようなエリアに建築して一代限りの利用に留まり空き家になったとしても、解体費用の心配をする必要はない。ただ、そうしたエリアに立地する場合、コンパクトシティ政策を徹底する場合に比べて、道路、水道、下水道などのインフラ整備・維持の費用を、行政が余計に負担しなければならなくなる。
また、そうしたエリアの住宅が解体された場合でも、土地については需要がないため売るに売れない状態になるという問題も出てくる。適切な管理が行われなければ外部不経済をもたらす可能性が出てくるが、この場合所有者はいったん取得した土地について未来永劫固定資産税を払い続け、管理もしなければならないのかという問題に直面する。現実的にそれは困難ということになれば、そうした土地を誰が管理すべきかという国土管理上の問題が発生する。そこで出てくるのが、所有者が将来必要になる管理費相当分を支払うことで(つまりマイナスの価格で)、行政(国・自治体)に引き渡すという発想である。
実はこれに近い仕組みは、今年4月に施行された相続土地国庫帰属法によって創設されている。相続時に一定の管理費相当分(10年分)を支払うことで、不要な土地を国に引き渡せるというものである。この仕組みで国が受け取るための条件は厳しいが、将来的に緩められる場合、ここで述べた仕組みに近くなる可能性がある。
都市計画と経済的手法の組み合わせ
以上の点を考慮すると、将来的に価値が残らないような場所に住宅を所有しようとする場合、解体費用に加えて、そのエリアのインフラ整備・維持に必要な行政の追加的負担分、またそのような土地を将来的に行政に引き渡す場合の管理費相当分までを、確保しておくことを義務づければ、そのような場所に住宅を所有することを抑制できる可能性はある。
さすがにここまでの仕組みを設けるのは現実的ではないが、解体費用を確保しておく仕組みについては一考に値する。最近では、特に解体費用が巨額にのぼる分譲マンションでの必要性が認識されつつある。一方、居住誘導区域といえども全域の価値が残るとは限らず、現実の仕組みとしては、都市計画的手法と解体費用確保といった経済的手法を組み合わせて、持続的な住宅市場の構築を目指す方向性が望ましい。
なお、解体費用の確保など住宅所有者の負担を増やすという方向性は、固定資産税を強化して空き家対策に充てる形でも実現可能である。今年6月に成立した改正空き家対策特別措置法では、特定空き家になる前の段階(管理不全空き家)で、固定資産税の優遇(住宅用地特例)を解除できるようにするなど、より厳しい対応がなされることになった。こうした方向性を強化していくと同じようなことにはなる。
ただし、固定資産税強化によって、空き家所有者に負担回避のための早期売却を促すことが都市部では可能だとしても、需要がないエリアでは売るに売れない。解体後の固定資産税を支払い続けることが難しいと考えられる場合は、一定の管理費相当分の支払いで行政に引き渡す仕組みの必要性が、国土管理上増すことになる。
分譲マンションの想定解体費
(出所)国土交通省「今後のマンション政策のあり方に関する検討会とりまとめ 参考資料集」2023年8月 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001615224.pdf
(注)国土交通省が、マンション建替円滑化法に基づく建替え事例について、事業計画の中にある「建物除却費」をもとに分析したもの