解体費用デポジットの仕組み
人口減少により不動産の価値が下がり、管理放棄された物件が各地で、朽ち果てた戸建てやマンション、あるいは荒れた土地などとして、多くの問題を引き起こしている。所有者が管理や処分の責任を負うべきであるが、その責任を果たさない結果、自治体が取り壊すなどの代執行を行い、しかもその費用を回収できずに公費負担になる例が増えている。
今年に入ってからは、空家対策特別措置法(以下、空家法)に基づく代執行が、分譲マンションでも行われた。滋賀県野洲市のマンション(9戸、1972年築)であるが、全員の合意が得られなかったため自主的な解体ができず、空家法に基づく代執行が行われ、その費用が1億円近くかかった。小規模なマンションでもここまでの費用がかかったのは、アスベスト飛散の恐れがある物件でその処理費用が嵩んだことによる。
市は、当初、代執行には消極的で、あくまでも区分所有者の責任に委ねる意向であったが、アスベスト飛散の恐れがあることがわかったため放置できなくなり、やむなく代執行を決断した。費用は請求しても全額回収できるかどうかはわからない。分譲マンションの場合、一戸当たりの解体費用が戸建てと同程度だとしても(いずれも普通の大きさの場合、200万円程度といわれる)、50戸の場合は1億円に達し、全体の解体費用が巨額なものになる。このため、仮に自主的に解体しようとしても、費用面のハードルが高くなる。
こうした問題について筆者はかねてから、今後はいずれ解体の時期が来ることを見越し、戸建てでもマンションでも将来に必要になる解体費用を確保(デポジット)しておく必要性を指摘してきた。具体的には、住宅取得時に一括して供託する、あるいは固定資産税に上乗せして何年かかけて徴収していく仕組みである(上乗せの場合、解体に200万円要するケースでは、例えば、年当たり20万円とし10年間徴収)。
解体費用を予め準備しておく仕組みは、借地上にマンションを建てる定期借地権付きマンション(定借マンション)では、50~70年ほどの定期借地権を終了したら建物を解体して地主に土地を返す必要があるため、解体準備金の積み立てという形で導入されている(一戸当たり、最終的に200万円ほど積み立てる計画になっている場合が多い)。これは自主的に積み立てる仕組みであるが、この仕組みを分譲マンションや戸建てにも広げ、しかも強制的な徴収の仕組みにしようというのが筆者の提案だった。
有料で放棄できるルール
そして、建物が寿命を終えたら予め準備しておいたお金で解体する。跡地については売れれば問題がないが、もし売れず、またそのまま土地が放置されていることに問題がある場合には、放棄料を支払うことで、国・自治体の管理下に移す仕組みについても、提案してきた。放棄料は、固定資産税及び管理に要する費用の何年か分とする。これは土地所有者が有料で放棄できる仕組みである。お金を払って国・自治体に引き取ってもらうものであり、市場で売れない土地を、お金を付けて、つまりはマイナスの価格で国・自治体に売却する仕組みである。
現在、合法的に放棄できる仕組みとしては、相続放棄がある。相続財産すべてを放棄しなければならないハードルの高さはあるが、近年、その数は増加している。民法には、無主の不動産は国庫に帰属するとの規定があるものの、放棄されても国が受け取るわけではない。また、最後に相続放棄した人は、次に管理する人が決まるまでは管理責任が残るが、それも徹底されているわけではなく、相続放棄された後に宙ぶらりんで誰も管理しない物件が増えている。そして、放棄された物件が危険な状態に陥った場合、自治体が公費負担で処置せざるを得なくなっている。
今後、相続放棄によってこうした物件がどんどん増え、公費負担が増えていくくらいなら、いっそのこと相続時に限らず放棄できるルールを作り、かつ、その後の管理費用に充当できるよう、放棄料を課した方がいいのはないかというのが、筆者の提案であった。
人口減少時代の住宅・土地制度
以上二つの仕組みをまとめると次のようなものになる。まず、住宅を建設・取得した人は、将来必要になる解体費用をデポジットしておき(供託や固定資産税による徴収)、建物が不要となったらそのお金で解体する。跡地は売れればそれで問題がないが、売れない場合は、放棄料の支払い(=マイナスの価格) で、国・自治体に引き渡し、公的管理下に置く(管理が必要な場合)。管理の必要性のない場所ならば、土地が自然に返れば問題ないということになるかもしれない。
右肩上がりの成長、人口増加の時代においては、不動産価値は上昇を続け、次に取得したい人が出てくる可能性が高かったため、最後の解体の問題を考えておく必要はなかった。しかし、人口減少時代においては、次に取得したい人が出てくる可能性が低くなっており、最初に取得した人が最後の解体やその後の土地管理の問題をも考えなければならなくなっている現実を直視した仕組みである。
この仕組みでは、今後、住宅を建設・取得するには、最後に必要になる解体費用をデポジットできる負担能力があり、さらに、跡地が売れず処分する場合においては、固定資産税や管理費用相当の何年分かを支払える人でなければならないということになる。住宅を建設・取得する場合は、単なる購入費用だけで済まないということで、所有者責任の徹底を求めるものである。
もし、ここまでの所有者責任が求められることになれば、将来的には、もはや取得することは得ではなく、必要な時に利用できるだけで十分という、所有優先から利用優先の考え方への変化を促すことになるかもしれない。
住宅以外にも同じ仕組みが必要
ここまで述べてきたのは住宅とそれが建っている土地を念頭に置いたものであるが、この考え方は実は、すべての建築物について必要な仕組みかもしれない。というのは、現在、放置されて問題になっているのは住宅ばかりではないからである。
例えば、室蘭市では市内に危険な空きビルが放置され、所有業者も廃業したため、やむなく空家法に基づき、1億3000万円ほどかけて解体せざるを得なくなった。跡地は差し押さえて活用しようとしているが、費用回収までは難しい(これもアスベスト飛散の恐れで放置できなくなった例であり、解体だけだったら半分ほどの費用)。このような事態に至る可能性を考えれば、ビル建設の時点において将来必要になる解体費用がデポジットされていれば、その後、所有業者が倒産したり、所有者不明になったりしたとしても、少なくとも解体費用そのものの心配はしなくてもよかったことになる。
また、淡路島では個人が1982年に建立した巨大な観音像(高さ約80m)が廃墟化し、危険な状態に陥るという問題が起こっている。遺族による相続放棄がなされた後、相続財産管理人が管理しているが、解体に踏み切れる状況にはない。自治体が使える法律としては、空家法による代執行が考えられるが(空家法は、住宅だけではなくすべての建築物が対象)、跡地にそれほどの価値があるとは考えられず、いくらかかるかわからない費用を回収できる見込みもない。
こうした問題まで視野に入れると、今後、建築物の建設を許可する場合には、解体費用がデポジットされることが条件ということになるかもしれない。バブルの時代に、投機的土地取引を抑制する目的で制定された土地基本法が時代に合わなくなり、人口減少時代に不可欠になった、所有者の管理責任を明記する形に改正されることが決まったが(2月4日閣議決定)、今後、所有者の責任は、費用の問題も含む議論にまで深めていく必要があると考えられる。